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2006年4月22日 (土)

「国家の品格」と「格差社会」の間(3)

 私の実生活上のポリシーの一つとして「批判に値しないものは無視する」ということがあります。このような表現をすると、嫌味で鼻持ちならない奴とお思いでしょうが、「貧乏暇なし」の、しがない私は、目の前にあることをこなすのが精一杯で泣く子にかかわっている余裕がありません。「国家の品格」にせよ、「格差社会」にせよ、批判するに値しないようにしか見えないのですが、あらためて自由な社会のよさを味わうには格好の材料だなあと思ってとり上げてみました。非礼ではありますが、藤原先生の本は売れているだけに、持論を述べるには格好の露払いでした。お礼を申し上げます。

 現在、この国は、戦後最長の景気拡大期を迎えつつあります。小泉政権が発足した当初からすれば、想像もつかない状況です。政権発足当時は、あまりに課題が多かった。現政権がすべての課題を解決したとはいえないでしょうが、少なからぬ課題を解決し、残っている課題にも解決のための条件作りをしたことは否定できないと思います。一時期の経済政策をめぐる論争の混迷(責任の一端は、道路公団民営化のような純粋な政治マターに近い問題を経済政策であるかのように演出しすぎた政権自身にもありますが)を考えれば、「国家の品格」や「格差社会」などがもてはやされる現状は、「もっと旨い肴をもってこい!」と居酒屋で店長に文句を言っているようなもので平和な光景そのものです。しかし、平時こそ経済政策の面では、経済成長が安定的に持続することに意を砕く必要があります。そんな中でライブドア事件(それ以前のニッポン放送の買収など一連の事態も含めて)があったために、「国家の品格」や「格差社会」に関心が集まる素地ができたのでしょう。しかし、この種の議論は、ライブドア事件のような資本市場の不備を解決するのには何の役にも立ちません。むしろ、問題の本質を曇らせてしまうという点では有害でしょう。

 資本市場のルールづくりを具体的に提案するには、私はあまりに無知です。おそらく、真剣にこの問題に取り組んでいる方からすれば、取るに足らないことしか書けません。まず、資本市場に参加する人たちは、私利私欲で動いているという自明の前提です。それを善悪で論じるのは、もう、どう表現していいのかわかりませんが、野暮の骨頂でしょう。善悪是非を抜きにして資本市場のプレイヤーは私利私欲で動いているという事実を認めることから始めないといけない。これは情けない現状ですが、金融のプロの世界から一歩出れば、そんな世界です。蓄財はよろしくないとか、利潤動機ばかりで動くのはけしからんとか、そういう水準の議論が横行している現状があります。

 お金をもっている人が、さらに増やすために金儲けが上手な人にカネを貸してやることがなぜ悪いことなのか、オツムの弱い私にはとんと理解ができない。もちろん、利に目がくらんで人の無知につけこんだり、法を犯したりする者はたえず出現します。そのような者に対しては、なんらかの処罰が必要であり、最も厳しい場合、退場させなければならない。必要なことは適切なルールづくりとルールと裁量のバランスを適切な水準に定めることです。私利私欲を否定する、控えめに言っても抑制することが問題なのではなくて、肝心なのは、私利私欲が結果としてカネをもっている人がカネを増やすことが上手な人にカネを供給して全体として経済活動が活発になるように適切なルールを整備することです。私利私欲を抑制してカネを資本市場で供給する人が減ってしまえば、金儲けが上手な人が才覚を発揮する機会も減ってしまう。くどいようですが、ライブドア事件に象徴される資本市場の不備は、ルールの欠落です。諸井虔氏の「ホリえもんは『塀』をバカにしすぎた」という発言は非常に味わい深い。「塀」の作り方はなかなか難しい。「塀」を高くしすぎると参加者の意欲を殺ぐでしょうし、低くしすぎるとやりすぎるものがでてくる。現状では低すぎる部分が目立っていますから、高くする必要があるのでしょうが、高すぎる塀があれば塀を低くする必要がありますし、当局がご都合主義で余計な塀をこっそりつくらないように用心深く観察する必要があるのでしょう。

 自由な社会をつくることは、ときに血を流すことさえある困難な作業です。この国でも板垣退助は暴漢に襲われました。しかし、自由な社会を長く維持することはそれとは別の困難があります。資本市場一つとっても、個人の私利私欲を存分に発揮させることが、経済活動全般を活発にするルールをつくることは、魚の小骨を丁寧に一つ一つ取り除いてゆくような地味な作業の積み重ねでしかありません。よりましなルールがあるとしても、最善のルールがないという世界かもしれない。しかし、一つ一つの部分は地味でも、全体として調和ができれば、自由な社会をつくった人たちの殿堂以上の作品ができるでしょう。私たちが、喜んでこのような地味な作業に熱中することが、この国で自由をつくりだした人々への最大の感謝だと考えます。

(追記)『週刊エコノミスト』(2006年4月25日号)の「格差論は半年で消える」を拝読しながら、かんべえ師匠の「右を向いても、左を向いてもバカばっか!」という叫びが聞こえました。空耳だったかな。拝読したときは、ちょっと過労気味でしたからね。気がついたら、今週は「寝言」もずいぶん長いものばかりでした。こんな長くてつまらない記事を最後までお読み頂いた方々に、心から感謝の念をこめて、久しぶりにお約束を捧げましょう。

ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。

おやすみなさい。

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コメント

論旨、賛成。
 景気回復の恩恵を幾分かでも受けている人々が、何を仰せなのかのう。「格差社会」批判…。あ・ほ・ら・し。

投稿: 雪斎 | 2006年4月22日 (土) 02:17

週刊エコノミスト、反響大きいです。「よくぞ言った」とか「半年後に笑ってやる」とか。タイトルのつけ方が上手だったですね。

投稿: かんべえ | 2006年4月22日 (土) 17:40

>雪斎先生
「紅茶(だけ)を頼んでおいてケーキがついてこないとは何事だ!」って言われる政権も大変だなあと思います。とりあえず、政権を批判したいという人には攻め口が見つからない、嫌な政権なんだろうと思います。それにしても、もうちょっと気の利いた批判がほしいなあと思います。

>かんべえ師匠
「格差と品格」(「格」の時が共通しているからなのか、藤原本への便乗なのか)っていう特集自体がなんかすごいです。内容は別として、タイトルは深読みかもしれませんが、「小泉さんの後釜にはどうせそんな批判はしないんでしょ」っていう、底意地の悪さを感じました。「お前の性格が悪いからじゃ」という反論には沈黙いたします。

投稿: Hache | 2006年4月23日 (日) 00:04

Hacheさん、こんばんは。本日、

「たかじんの、そこまで言って委員会」に、

大阪市大の朴教授が竹島関連で、日本が幼稚なのだ韓国は実に大人の
対応をした(国際法など守らない発言する国家元首のどこがお・と・な?)
との発言をすておりました。この在日地方公務員は、三宅先生に、
突っ込まれておりましたが、自分につごうのよい件は、評価の程度が
1であろうが120%であろうが、事実であると主張し。つごうの悪いことは、
逆に200%事実であっても、そういう説もあるもしくは、周知の事実であっても、
わたしは、知らないというスタンスでしたでふ。(北朝鮮の外交官発言と同じ穴の
ムジナの香りがなんとうのうひまふた。)この突っ込みの後、他にネタが
あったのか、編集後放送の為わかりまへんが、「韓国は実に大人の対応をした」と
の発言時、この在日地方公務員である大阪市大の朴教授の顔がコワバッテるよう
に感じ(それはワタシらけ?)そのじつ、強がってる?のおもいまひたでふ。
この発言時、出演者陣から失笑を買っておりました。ソノのときの大阪市大の
朴教授の目じりがピクピクし、後ろ手にこぶし握ってるようにみえたんふが?。
これをみとっておもたんふが、こりは、韓国に対処するひとつの手として、
おもろいかと。。。燃料は自分でどんどん追加してくれるんだから、マッチを
するふり(あくまでふり。こちらからはすらない。)で、着火もしくは、自然発火
するネタを次々、探すこって。。。もしくは、必要時には追い込む。。。
これが、相手が自滅するのは、勝手。その責任をこっちにもってくんなでひょ。
日本人的、あいてを慮ってでなく(なあなあともいうが・・・)。きっちり、程度に
応じて。対処するってことでひょ。すかし、時間軸の対処(先送りともいう。)が
とくになってないのが、我が国っす。猫の額の境界線(住宅)にゃ目吊り上げるのに、
国家主権の境界線=国境には、意識希薄。。。
ただ、これが、「相手が自滅するのは、勝手。その責任をこっちにもってくんな。」
の第一歩になっているなら、善いんでふが・・・いまいち、つめに不安が。。。韓国が
6月に提出しないと確約した書面があるんかいなぁとか(もろ、とうしろでふが。。。)
まぁっ、すかし。こりで、どっかの国連事務総長立候補するだ~ほざいてるモンに
投票せんでいいどころか。ばやいよっては、国際法を守らない宣言した国から
選出していいのぅ~?ロビーネタができたんだひ。。。また、ことあるごとに、
これをカード化すれば・・・ちゅうより、カードとすべきだがね。。。
そりと、ええかげん、どっかの通貨のウラガキもやめるか。。。
せめてカード使用すてほひいもんだふ。。。

小泉総理の「冷静・冷静」が、「自滅するのは勝ってなんだよ。そのうえ、カードに
なるものを手に入れれば上出来。」言ってたのかひら?おもえんでもないのかなぁ。
ようわからんすが、、、もひ、そうなら。小泉さんの言った「俺は運がいい。相手が
勝手にコケテくれる。」つうのは、ちまたで、いう強運なんでなく。めちゃくちゃ、
けんか上手で、自らの拳で決着つけんでなく。。。あいての拳=自滅で、
決着つけてんがたまたま、そないにみえてんのかなぁ。。。
すたら、乱世の人なんだろなぁ。。。やっぱ。

竹島におる警備隊が、国軍でなく。民間だつぅのを、目にひたんふが。。。もひ、
そうなら、なんで、国でなく民なの?・・・な~んか、不思議。。。民間なら、なんで、
日本は、とくに、日本のマスコミは、ここを突っ込まん。。。民間が武装。。。

そういや、在日地方公務員である大阪市大の朴教授ことあるごとに、竹島を
「つしま」というてたなぁ。。。ココロネをなん~か見た気になったでぇ~ふ。。。


「国際法を守らない宣言」つぅ発言を引き出したつぅのも、デタントなんかなぁ???

「国家の品格」については、北野監督が週刊ポストでコメントされてたんが、
いちゃん腑に落ちたんふが。。。なんかへん???
「格差社会」については、???でふ。。。ただ、フランスの暴動が、、、
日本のばやい、パラサイトシングル・パラサイトディンクスちゅうより、
パラサイト若夫婦(40代含め)が、親世代の年金収入を
当てにでけんようになるまで、先送りひてるだけかも。。。???

投稿: ぽじ・・ | 2006年4月24日 (月) 01:08

>ポジ様
私自身は、今回の一連の事態にあまり明るくはありません。ネットなどで韓国の対応に猛反発する意見をいくつか見ました、鈍感な私にはどうでもいい問題のように思いました。韓国の現政権は、控えめに言っても、利巧ではないと思いますが、彼らの無理難題に感情的に対応する必要はまったくないと思います。今回と細かな点では異なるかもしれませんが、竹島問題に関しては、外務省HPにおける竹島問題に関する説明と岡崎大使の次の文章で十分だと考えます。

「竹島問題も政府に任せておけばいいんですよ。これは領土問題だから、日韓双方が一歩も譲れない。結局、必要なことは、時効を中断することなんです。法的にも、放っておくと既成事実になってしまうから、時間を置いて、竹島は日本の領土だとはっきり言う。そういう意味では島根県議会の議決も正しいし、駐韓大使が言ったことも正しいですね。それは外交ゲームなのであって、いちいちキリキリするほうがおかしい。淡々と、自国の領土だと、お互いに言っていればいいんですよ。国民全体でキリキリする必要はない。法的な措置は政府が抜かりなくやっていますから、ご信頼くださいということです」(『日本の風』2005年夏号)。

投稿: Hache | 2006年4月24日 (月) 01:52

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最近、各種のメディアで「格差社会」を政治問題として取り上げている。典型的には、小泉構造改革の結果、格差が広がりつつあるので、このような「市場原理主義的」な政策は見直しが必要だ、というものである。 ここで、わが国社会での「格差」とくに経済的格差について、少し考えたい。 議論を単純化するために、便宜上「上層」と「下層」という区分を使うことにする。「格差社会」を問題にする議論は、この「上層」と「下層」の格差が時間の経過とともに拡大しつつあることが問題である、としている。果たしてそうだろうか。 ... [続きを読む]

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