書きたいことがいろいろあって整理するのが大変です。まず、早実が夏の選手権初優勝とは恥ずかしながら、知りませんでした。高校3年生のときに2回戦から決勝戦まで母校を応援して甲子園出場を決めたときは本当に嬉しかったのですが、悪友が河合塾の京大対策とかいうしょうもない講座(もともと塾とか予備校とかバカにしていたので)を受けるのが一人では嫌で私を誘ってきたのでやむをえず名古屋へ。くだらない講義を聴いていたら、一回戦負け。それ以来、高校野球には興味がなくなってしまいました。戦前に夏の選手権で優勝が一回、戦後に準優勝が一回あるだけで大して強い学校ではないのですが、高3の夏以来、選抜に一回だけ出場するだけで後は音沙汰がなく、情けない限りです。
かんべえ師匠の「ソージツ」で久しぶりにほろ苦ひ、かんべえ節を味わいました。これまでの私の心ない所業を反省いたします。さくらさんは麻生さんにラブラブ。安倍さんと麻生さんを並べてどちらかを支持しなさいと言われると、ちょっと苦しいです。「安倍さんとの違いについては、外交政策については『違う方が問題』として、大きな違いがないほうがいい」とさくらさんのところに書かれていたので、僭越ではありますが、やはり大人の方なんだなあと思いました。
素人目には今回の総裁選は、いつも以上に、総裁選の中で行われる政策論議が総裁選後にも生きてくるように思います。地方行政というのは、大切な話だと思います。浜松に帰って驚いたのですが、私と同じく普通の暮らしをしている人の「反小泉」意識は思った以上に強いです。『溜池通信』208号(2003年10月24日)のタイトルは「日本経済3つの断層」です。3番目の「断層」として挙げられている中央と地方は昔ながらの問題(他の二つも)ではありますが、目先の問題に限定しても、来年の参院選に直結するだけに、真剣な議論が必要だと思います。
雑談が長くなってしまいましたが、今回の総裁選でおそらくは主たる争点にはならないでしょうが、私が次期総裁に期待しているのは、安全保障政策で日米同盟の強化(集団的自衛権の行使)と基盤的防衛力の整備に関して国民的なコンセンサスをえることです。ここで大切な点は、両者は代替するものではなく、補完的であるという認識です。いつも同じことばかり書いていて恥ずかしいのですが、自国を守れない国は同盟国たりえません。そして安全にはカネがかかる。財政健全化や歳出削減は、財政の論理としては正当なものでしょう。ただし、その大前提は国が安全であるということです。そのためには、ヒト・モノ・カネが欠かせません。財政の論理だけで防衛費を削減してしまうと、前提を崩すとまでは申しませんが、自衛隊の選択肢は必要な範囲ではなく、予算の枠で決まるということになりかねません。財政の論理では、同盟強化と防衛力の強化(実際にはそんな景気のよい話ではないと思いますが)は代替関係になってしまう。これを補完的な関係であることを明確にすることが、次期総理に私が期待することです。これは、総理のリーダーシップなしではまず実現しないでしょう。
次に、リーダーシップのあり方ですが、小泉総理タイプのあり方は望ましくないと思います。誤解のないように申し上げますが、郵政選挙の「批判」を2006年8月12日の記事で行いましたが、「説得」と「教育」という点で不足していたということを問題にしているのであって、共感をえるという点では小泉総理のリーダーシップは、おそらく現時点で総裁候補に名前が挙がっている方には真似ができないと思います。共感をえるということは、リーダーシップのなかで最も難しいことかもしれません。その点で、小泉総理は特異なリーダーであったと思います。しかし、国防の問題は、冷戦期とは異なった意味で世論が感情にぶれやすく、自衛隊やアメリカに過大な期待をしたり、極端に他国に攻撃的になる可能性もあります。世論のブレを瀬踏みしながら、国民の代表者を説得し、世論の理解をえるというリーダーシップが必要だと考えます。
これは、いわゆる「調整型」のリーダーとは異なります。もちろん、政治的な取引の必要性を否定するつもりはありませんが、国防に関するコンセンサスは、ボトムアップではなく、トップダウンでなければ形成することは難しいでしょう。ただし、リーダーと意見が異なる人たちを「抵抗勢力」として攻撃する手法は、国防に関するコンセンサスをえるのには逆効果だと思います。国防に関するコンセンサスは、失礼ながら、道路公団民営化や郵政民営化よりもはるかに公共性の高い話です。事実、この問題に関しては小泉総理は、「構造改革」とは異なった「忍耐」をされてきたと思います。既に、小泉改革の評価が行われていますし、これからも行われてゆくでしょうが、小泉総理のリーダーシップのあり方は、決して郵政選挙のような劇的な手法ばかりではありません。次期総理は、小泉総理以上に「説得」と「教育」の能力が必要だと考えます。
2008年以降はデリケートな時期に入ります。いろんな予測がありますが、中国共産党の一党独裁が続き、台湾の民主主義が動揺して台湾海峡が危険な状態になるというシナリオがリスクが高いだけでなく、蓋然性も高いと思います。総裁選ではこのような問題があからさまに争点になるとは思いませんが、どなたが総裁になっても、国防に関するコンセンサスを形成することが要になると思います。リーダーの能力として「説得」と「教育」が必要だと書きましたが、リーダーの資質として大切なのは誠実さと寛容だと思います。どんな政治的主張も党派性を免れることはできません。私の主張も党派的です。
政治から党派性をなくすことはできません。しかし、主義主張の違いはあっても、共通の利害を顕在化させ、全員ではなくても、多数派のコンセンサスを形成させることが民主主義のリーダーの役目だと考えます。次の総裁選の課題は、「戦時モード」から「平時モード」への転換ではなく、いつ「戦時モード」に至っても、ブレが少ないできうる限り強固なコンセンサスを形成するという地味な作業だと思います。誠実さは党派が異なる方の信用をえる上で不可欠ですし、寛容さは議論を自由にします。さらに贅沢をいえば、真剣かつ地味でありながら「物騒な」話を明るく見せる遊び心があれば、いうことがありません。不謹慎なことを申し上げますると、真剣にやる物騒な話を私はつい楽しんでしまいます。
あらためて思うのですが、経済の論理と安全保障の論理は、相性が非常に悪いように見えます。この問題は、この記事の趣旨(あるいは私の能力)を超えるので簡単なことだけ申します。ゲーム理論を用いた経済分析では経済主体間の対立が問題になりますが、背後には協力解を基準に判断する発想があります。もっと素朴にいえば、経済活動の基本は、市場全体での互恵的な関係です。対照的に安全保障の世界ではこのような発想はあまりに牧歌的でしょう。同盟は基本的に互恵的な関係ですが、そうではない世界があるから同盟が必要になるわけで、経済とはどこか根本的に異なる部分があるように思います。これは私がどちらの分野でも知見がないからかもしれませんが、経済畑の方が安全保障を議論すると、あらぬ方向へいってしまいますし、逆も多いように思います。知識の多寡が問題なのではなくて、同じ人間がやることでも経済と軍事では違う世界なのだということかもしれません。これは、私自身が整理できておりませんので、とりあえずの「寝言」です。
ここまで書いてきてようやく自分が何を書きたいのかがわかりました。まともなことを当たり前にやってほしいという「寝言」でした。
…。頭が悪いってつらいですね。はあ。こんな中身の薄っぺらで、そのくせ長い記事に最後までお付き合いしていただいた方に心から感謝いたします。
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